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農をもって国を豊かに。小豆島のオリーブ農家が見据える日本農業の未来。

農業法人 有限会社 井上誠耕園
代表取締役 園主 井上 智博

更新日:2025年7月30日

1964年、香川県小豆島町生まれ。井上誠耕園三代目園主。家業のみかんが不当な安値で取引される現実に憤り、「生産者が自ら価値を決め、売るべきだ」と決意。1989年に帰郷・就農し、農協出荷から顧客への直接販売・通信販売へと舵を切る。この事業転換を起点に、6次産業化を強力に推進。1999年には「オリーブ化粧品」、2005年には高品質な「緑果オリーブオイル」を開発し、ヒット商品に。さらにスペイン農家との提携、カフェや宿泊事業、観光施設「らしく園」の開設など、農業を軸とした多角化戦略で小豆島の活性化に貢献。1,000万円強だった売上を約30年で100億円規模へと飛躍させた。祖父から受け継いだ「農は国の基なり」という理念を胸に、日本の農業の未来を切り拓く。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

農家が自ら価値を決める重要性を痛感。

私の祖父である井上太子冶(いのうえ たすじ)が、開墾した園地に柑橘の苗木を植樹したのが1940年。そして終戦を経た1946年、初めてオリーブの木を植樹しました。

1955年には、祖父の後を継いだ井上勝由(いのうえ かつよし)が「井上誠耕園」と命名。オリーブと柑橘を生産する農業法人・井上誠耕園の歴史は、ここから始まりました。

もともと大工だった祖父が農業を始めたきっかけは、「地域を豊かにしたい」という想いからでした。麦、ひえ、粟といった価値の低い作物しか作れず、経済的に困窮する農家のため、価値の高い果実を作ろうと努力を始めました。

目をつけたのが柑橘やオリーブで、温暖で雨が少ない気候、そして水はけのよい土壌はオリーブの生育に最適でした。祖父世代の人々が「農は国の基なり」という信念をもち、苦労して道を拓いてくれたおかげで、オリーブは小豆島を代表する特産品となりました。

私は県外に進学し、卒業後も島には戻らず神戸の中央卸市場の仲卸として働いていました。そこで農家の作る農作物が一般消費者の手にわたる流通過程を見て、私は農家の大変さや厳しさを思い知ったのです。

小豆島は、柑橘においては弱小産地です。中央卸市場に持っていくと小豆島の柑橘は下位のランクで、値段もそれなり。年によってはタダ同然の扱いを受けたこともありました。

一方で、農作物を流通卸や一般消費者に向けて販売する小売業者の中には、積極的に販路を拡大して売上を伸ばしているところもあります。

同じ果実を扱うのに、どうしてこのような差があるのか。私は「農業で物心両面の幸せを享受するには、自分で価値を決められるようにしないといけない」ということに気がつきました。

自分を立派に育ててくれた故郷の農業をもっと元気にしたい。そんな使命感を抱え、農業を継ぐために帰郷を決意しました。

お遍路さんとの縁が、通販へ踏み出すきっかけに。

「農家自らが売るすべを持たねばならぬ」という使命感で帰郷したものの、当初はまったくの手探り。家の前を通りがかった観光客やお遍路さんに直接声をかけて販売してみるなど、試行錯誤の日々を過ごしていました。

そんな折、母が伝票を手に電話を受けているのを見かけ、不思議に思って何をしているのか尋ねたことがありました。すると、以前、家の近くにある遍路宿のお風呂が壊れた際に、お遍路さんがうちにお風呂を借りに来たことがあったそうです。

父と母は快くお風呂を貸し、お風呂上がりのお遍路さんへお接待として農場のみかんを出したところ、とても感激されて郷里に帰った後も「あのみかんがもう一度食べたい」と連絡をくださったそうです。

そうしたご縁が少しずつ広がり、最終的には300件近いお客さまリストができていました。それを見たとき、私は「これだ!」とひらめいたのです。

それから私は、送り先のお客さまに「今年はこんな風に果実を作りました」という栽培のストーリーとともに商品の案内状を送りました。するとお客さまから、これまで以上に注文が入り始めたのです。それが1991年、井上誠耕園における通信販売の出発点でした。

市場では安値で取引されてしまう小豆島のみかんですが、ブランドがなくても、その味を認めてくれたお客さまは正当な価格で購入してくださいます。

当時の私は「通信販売」という言葉すら知りませんでしたが、農家でも販売の手段があることを知り、ますます意欲が湧いたことを覚えています。

生産、加工、販売を一貫して手がけ、農作物の価値を高める。

この出来事を契機にみかんやオリーブの通信販売を10年ほど続けていた頃、知り合いからのアドバイスもあり、当時から通販が盛んだった九州へ通販の仕組みを学びに行きました。

そして2004年から、本格的に通販事業をスタートしました。折しも、通販市場は右肩上がり。オリーブは、オレイン酸やポリフェノールが豊富で悪玉コレステロールを下げて抗酸化作用を促進し、心臓病や生活習慣病予防に役立つといわれ、その価値が知られ始めたこともあって井上誠耕園の通販事業は拡大していきました。

通販事業に加えて2009年にはカフェレストラン「忠左衛門」をオープン、直営店舗とコールセンターも新設しました。2015年には観光農園事業「らしく園」、2021年には「おとまり忠左衛門」も開設し、民泊事業に参入しました。

一次産業である農業を原点に、農産物から加工品を製造する二次産業、さらに通販や店舗でお客さまに直接届ける三次産業までを一貫して行う「六次産業」を確立し、現在は観光事業なども展開することで、さらなる付加価値の創出に取り組んでいます。

商品のアイテム数も拡大し、社員にも恵まれて業績は順調に伸びています。父の代では約8,000万円だった売上は、2009年に10億円を超え、2014年には50億円を突破しました。現在では、年商100億円を視野に入れるまでに成長しています。

新たなブランドの開発と海外展開で、次のステージへ。

とはいえ、今後もこのまま順調に進むとは限りません。通販市場全体の飽和や果実販売における競争の激化、原材料費の高騰などにより、これまでのやり方が通用しにくくなっています。

特に通販業界では、一人のお客さまを獲得するためのコストが上昇し続けており、利益を確保しにくい状況です。当社が次のステージへ進むためには、販売網の拡大や販売力の強化を図ると同時に、新たな取り組みにも積極的にチャレンジしていく必要があります。

その取り組みの一つが、2024年12月にリリースした新たなスキンケアブランド「inOli(イノリ)」です。これは、オリーブオイルに伊予柑を加えて抽出する製法で商品化した、オールインワンタイプのコスメです。

生育の過程で摘果される伊予柑を捨ててしまうのはもったいないと思い調べたところ、若い果実には美容成分が多く含まれていることがわかりました。

オリーブと伊予柑の相乗効果を、お客さまの健康と美容の維持に役立てていただきたいという想いから、新たな商品として展開することになったのです。

この「inOli」は、30〜40代の方々をメインターゲットとしています。仕事や家事に追われがちなこの世代は、自分のための時間をなかなか確保できません。限られた時間でもしっかりと健康や美容のケアができるよう、オールインワン仕様としました。

「inOli」を使う時間が、心をリラックスさせる“祈る”ようなひとときとなることを願い、その想いを商品に込めています。

また、今後は本格的な海外展開も視野に入れています。栽培においては、2000年代前半からスペインやオーストラリアの農家と協業してきましたが、現在は世界市場への進出に向けた準備も進めています。

世界の人々に響く農産物ブランドをいかに構築していくかが、今後の大きな課題です。すでに海外向けECサイトの立ち上げ準備は進めており、今後はさらにスピード感をもって取り組んでいきたいと考えています。

全国の農家をネットワーク化し、ノウハウを共有。

農業の6次化モデルによって農作物の価値を高め、日本の農業を元気にしたい。そんな構想のもとにスタートした「ジャパン・グッドファーム・ネットワーク」という取り組みも進めています。

全国には、農業が抱える課題に苦しむ農家が数多く存在します。毎年のように発生する天候不順により、規格外作物の発生率が高まり、農業所得が圧迫されているのです。

当園もかつては多くの規格外作物を出し、その大半を廃棄していました。しかし、規格外とはいえ、品質が劣るわけではありません。通常の流通には乗せられないだけであり、自社で加工・販売ができれば、すべて収益につながります。

そこで、課題に直面する全国の農家と手を結び、井上誠耕園が持つ商品化のノウハウや販売ネットワークを共有することで、全国の農家と共に農業の6次産業化を実現していこうとしています。

構想への参加を呼びかけるため、私は全国の農家を訪ね歩いています。まだ数は多くありませんが、賛同してくれる農家も現れ、実際に製品化へとつながる事例も出てきています。

私は以前から、「小豆島は日本の縮図である」と考えています。過疎化により人口が減少し、大工だった祖父たちが必死の思いで開拓した畑が次第に耕作放棄地となっていく現実を目の当たりにしました。

こうした遊休農地は日本全国で見ると、九州一つ分にも及ぶと言われています。かつては一定の利益を生んできたこれほどの土地が、現在は無益化しているのです。

先代たちは皆、自社の利益だけでなく、「地域を豊かにする」という想いを持って事業に取り組んできました。私もその志を確実に受け継ぎ、日本という“地域”を豊かにするために、全力を尽くしたいと考えています。

ボトムアップの体制で6次化をさらに発展させる。

事業の立ち上げから成長フェーズにあったこれまでの期間は、即断即決のトップダウン経営で事業を推進してきました。しかし、これからはそのようなスタイルでは、時代の変化に対応しきれないと感じています。

事業プランや商品化のアイデアが現場からボトムアップで上がってくるような、変化のスピードや多様化に即応できる企業文化へと進化させていかなければ、次の発展は望めないと考えています。

たとえば、情報発信をより効果的に行うのであれば、ITネイティブ世代に任せた方がはるかに効果的でしょう。そのためには多様な才能や経験を持つ方々の力が不可欠だと考えています。

我々の事業スタイルを進化させていくためには、生産・加工・販売のすべてにおいて同時進行でギアを上げていく必要があります。オリーブの収穫量や品質を高めるために、栽培技術をさらに深化させたいと考えています。

食べてよし、塗ってよしというオリーブオイルの可能性を広げるための商品開発や加工技術も、さらなるレベルアップが求められます。そして、商品の魅力をお客さまにしっかりと伝える営業力・発信力の強化も重要であり、活躍の場はますます広がっています。

農業を通じて日本を元気にしたい。小豆島の地で解決してきた課題は日本全国へと広がり、やがて国全体の豊かさにつながる。そう信じて、私たちは事業に取り組んでいます。

この想いに共感してくださる方にご活躍いただけるよう、さまざまなポジションを用意しています。農業への情熱と志を持った皆さまのエントリーを心よりお待ちしています。

編集後記

チーフコンサルタント
佐々木 一弥

3代目園主の井上智博さまに、小豆島から日本の農業の未来を切り拓く壮大なビジョンを伺いました。「生産者が自ら価値を決めるべきだ」という強い信念で6次産業化を断行し、売上100億円規模へと成長させた軌跡は、まさに圧巻です。

そして、自社の成長に留まらず「ジャパン・グッドファーム・ネットワーク」構想で全国の農家を巻き込み、日本の農業が抱える課題解決に挑む姿に、深く感銘を受けました。

「農は国の基なり」という志を受け継ぎ、今後はボトムアップで新たな価値を創造する挑戦の舞台が、ここにはあります。この熱い想いに共感し、共に未来を創る方々とのご縁を繋いでいきたいと強く感じました。

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